My log

個人的な日々の記録です。

3日目

朝起きると、相変わらずの地震報道一色だった。この日は朝ごはんを食べると、電車で2駅移動して、テレビの耐震用シールを買うために電気屋に行った。テレビを買い替えた時から、"耐震、やらないとねぇ"と言い続けて結局まだ何もしていなかった。電気屋で置いてある場所を聞くと「うーん、まだあるかどうかわからないけど・・・」と言いながら案内をしてくれた。皆考えることは一緒だった。商品はほとんどなくなっていて、私たちが買ったのは大型テレビ用の最後の一つだった。電気屋は、節電というほどは節電していなかった。数台のテレビは節電と称して画面が消されていたが、点いているテレビもたくさんあった。その中の一台でいつも見ているテレビ東京のケンタロウの料理番組がやっていて、見逃したーと思いながら眺めたが、後から思えば、テレ東はあの時間にはすでに通常番組を放送していたということだった。電気屋で買い物を終えると、デパートの惣菜コーナーで夕飯のおかずを買い、おやつにたいやきを買って帰った。昼間は、個人的にはほとんど平和な日曜日の様を呈していた。
ただ、結構疲れていた。余震はまだ続いていたし、気は張っていたはずだ。夕方ころ猛烈に眠くなって居眠りをしたりしていた。
原発の問題はどんどん深刻になっていっているようだった。福島第一原発の1号機が爆発したという情報があった。なかなか衝撃的な映像がテレビで流れていたが、原発の知識がない私にはどれほどの問題なのか良くわからなかった。東京にまで影響は及ぶのか。ただ、爆発映像には"もう終わりだ"と思わせるくらいのインパクトがあった。テレビでは、枝野官房長官東京電力の会見がしょっちゅう流れていた。どちらの会見も、記者の質問タイムになると思い思いに聞きたいことをひたすら質問しているので、話しがバラバラと飛んでわかりにくいことこの上なかった。普段、会見場での質問タイムまでまるまる見ることなどないので知らなかったが、こんなに話しがバラバラに飛んだら理解するのが大変だなと思った。枝野さんは安定感のある話し方で、見ているだけで安心した。根気よく記者の質問に答える姿には、感心されられた。私だったら、5分でキレている。とりあえず状況はよくわからないけれど、私はこの官房長官の言うことをよく聞いておくことに決めた。情報を隠蔽しているとかなんとか言われていたけれど、そうなんだろうか?とも思った。それに色んな情報に踊らされて疲れるのは嫌だった。東電の社員への質問は、ほとんど嫌がらせに近いような時もあって、そうなる度にチャンネルを変えた。記者は仕事で色々聞き出そうとしているのだろうが、有益な情報を聞き出そうとしているというよりは、何か間違った発言や記事に都合のいい話題性のあるような発言を引き出そうとしているように聞こえることも多かった。今回、全般的に報道記者というもののレベルには驚かされた(もちろん全ての記者がそうというわけではないけれど)。
どうも輪番停電を月曜から実施するらしいという話しが出始めていた。今回の地震では福島第一原発以外でも発電所が各地で被害を受けていた。電力が足りないという話しだった。夕方から政府が会議を行うとか、夜になったら東電から発表があるとかいうことだった。誰もが思っていたことだと思うが、停電に関してはとにかく発表が遅かった。第一から第五までのグループに分けて順番に3時間づつくらい停電すると言う話しだったが、自宅地域が一体第何グループなのか、情報が錯綜してしばらくは正確にはわからなかった。翌日からは会社が始まるが、そちらも一体どうなるのかさっぱりわからなかった。とりあえず職場のビルが停電対象から外れているらしいことを確認した。電車もどうなるのか分からなかった。全線運休を発表する路線もあった。出社時はきっと混乱することが容易に想像がついた。職場が何らかの判断を下すとも思えなかったので、とりあえずチームのメンバーに各自の判断で無理をせずに出社してくださいとだけメールを送っておいた。
明日から気合を入れていかなくてはいけなそうだと思ったが、停電の情報収集に追われてすっかり寝るのが遅くなってしまった。もういっそ明日は祝日にして、落ち着いて一日調整時間を取ってから企業の活動を再開させればいいのにと思いながら、明日に備えて寝た。